祖父の代までは米農家をしており、一番多い時で2.5ヘクタールくらいの面積の作付けをしていました。しかし、そのうち米作りが手作業から機械化へ変わり、同じ面積を作るのにもお金がかかるようになりました。
その費用を補うために、父の代から桃作りをはじめました。水稲と桃園の作業を行う時期は比較的重ならないので丁度良かったんです。また、当時隣の岡山県に有名な産地もあったので、参考にできると踏み切りました。
初めは、岡山県で有名だった大久保と白桃という品種を作りました。しかし当地は標高が400mと高いため開花が遅く、同じ品種でも岡山より10日は出荷が遅くなってしまう。一つの品種の旬は1週間くらいで終わってしまうので、産地としては一流になれませんでした。
次に、普通の品種よりも早い早生品種を導入してみることにしました。一つではなくいろんなものを植えてみましたが、梅雨の時期に重なって桃が甘くならず、失敗続きでした。もう止めようと思っていたのですが、4年に1回は空梅雨でうまく育つことがわかりました。こうしてずいぶんと苦労して、残ったのが白鳳という品種です。デパートのギフトにも採用される、良い桃ができました。
じつは阿部白桃という桃は、偶然できたものなのです。
傷がついたものを穴を掘って埋めていたところに、4本ほど芽が出て。そのうちの2本が育って実をつけるようになりました。
9月初めごろにその桃を食べてみようと思ったら、硬くて食べれませんでした。その代わり、初なりにしてはとても大きかった。次の年もどんどん大きくなっていって、これは新種じゃないかと思い立ち、品種登録の準備をはじめました。
当初は品種登録のことは何もわからず、いろんな人に教わりました。農林水産省の元育種部長で桃の大家の先生にも見てもらったのですが、「見た事がない、面白い桃だ」と言われ、可能性を感じたのを覚えています。
普通の桃が8月頃に出るのに対し、阿部白桃は9月と遅い桃で、その頃はまだ市場に37品種位しかなかったので、遅い桃というだけでも珍しかったですね。
品種登録というのは、様々な審査を通過しなければならない狭き門なんです。例えるなら、柔道で有効を何度重ねても勝てないのと同じような感じ。それを通過する決定的な決め手となったのは、元となった大久保には花粉があるのに、阿部白桃には花粉がないという事でした。
阿部白桃が売れるようになると、同じ産地だというだけで白鳳の売れ行きにも影響が出ました。新品種が生まれると、産地全体がいわゆるブランドとして認識されるようになる。一人が頑張って品種登録をとると、その産地や地域全体が生き延びていけるようになるんですね。
農園が山のてっぺんで、その標高の高さから1日の気温差が10度以上あります。桃はずっと暑いと気孔が開きっぱなしになりストレスを感じてしまいますが、涼しい時間があると桃の木も休む事ができる。結果的に、甘く身締まりの良い日持ちのする桃ができます。
水質も毎年検査をしていますが、すごく良いと言われます。コーヒーに使うために、広島の方からわざわざ汲みに来る喫茶店もあるくらい。
阿部白桃の特長は「固い」・「高い」です(笑)普通の桃は柔らかいけど、昔の桃は固いものだったから、年配の方にも懐かしい味と言われます。固いから加工にも向くし、料理にも使えます。
大学では土壌肥料学を専攻していたので、土づくりにはこだわりを持ってやっています。特に、堆肥をやるタイミングは重要です。経験があるから、歩くだけで土の状態は分かりますが、感覚だけではなくきちんと土壌分析もして、その時の土に最適なタイミングで堆肥を撒きます。
農薬は初めはかけますが、実には袋をかけて農薬が直接かからないようにしています。収穫が始まってからは一切農薬は使いません。赤くなった桃にも袋をかけるのは手間もコストもかかるけど、それによって品質がよくなるからやるんです。
雑草の除草については、ラビットモアだけで事足りるので、除草剤も使いません。ラビットモアの性能に満足していますね。緩やかな斜面だと、草の下だけ削いだようになり、上が枯れるといった具合に上手に刈れるので、重宝しています。
また、良い桃を作るために、日頃から観察眼を持つように意識しています。例えば、畑に蜘蛛がたくさんいれば、ダニを食べてくれるとか。カマキリは害虫を食べてくれる益虫だから、剪定の時にわざとカマキリの卵を残すとか。一つ一つのことに意味があるから、きちんと観察しています。
阿部白桃や阿部水蜜は花粉がないので、違う木の花粉を受粉して実をつけます。
うちが作っている品種はほとんど花粉がないものだから、まず花粉の集め方や作り方を考えなきゃいけない。みんながしなくてもいいことをやっています。
ある時、実生の台木から花粉がたくさんとれる木を見つけました。花粉に適し、たくさん花が咲くのも、時期がちょうど良く早いのも、偶然。でも、撒かない種は生えないですから。それを見つけて活かせたのは良かったです。
そうやって違う品種同士を掛け合わせることで新品種が生まれます。できたものののどこに着眼点を持つかが、どんどん品種を作れる人と、いくらやってもできない人との差になります。良い品種同士を掛け合わせれば良いものができる訳ではないのが難しい。
ただ、ダメでも怒る人がいないのが百姓のいいところ。失敗も次へ活かせるし、実験はし放題です。
阿部農園にはたくさんの品種があります。よりおいしい桃、他にない桃を探してきた成果です。
お客さんにさりげなく言われた要望にも応えようと試行錯誤し、より品質が良いものを作ろうとする。でも、思い描いた結果を得るには10年とかかります。実がなるまでに最低でも4年はかかり、ようやく実がなっても次に継いでみたら同じものが再現できないこともある。
また、突然変異ではなく、品種として同じものができたと言えるまで20本は検証します。それだけで膨大な土地を使うから、普通は誰もやらないです。今も、4品種くらい試作している最中ですね。
例えできたとしても、発表のタイミングもまた難しい。桃の時期や特長で、今売っている品種の需要を食わないようにということも考えなければなりません。
育種は、経験とセンスと、このタイミングも大事ですね。
そしてやはり、新品種を作っていきたいという思いは強いです。同じ品種でも、毎年できが違い、今年の桃は去年より良かったなと思える時が嬉しい。より良くなっていくように努力しているし、大事に育てていきたいです。
また、この農園の主要品種のうちの5つ位は、オリジナルの品種を栽培できるようになるのが目標です。広島のような小さい産地が生き残るには、何か特長がないといけないから。ここに来てもらわないと買えないような、そこまでしても食べたいと思ってもらえるような、そういう売り方が理想です。
農家は作るのはプロだけど、販売については知識がないから、自分で値をつけて売るのは大変。でもそれをやっているのには理由があります。
デパートや通信販売の業者が、大量購入をさせてほしいと持ちかけてきたこともありましたが、そういうところに売る気はないんです。一つのところにたくさん売るよりも、一箱ずつ求めてきてくれる人を大事にしたい。
うちは夫婦で24時間栽培や品種改良について話しています。できた桃はいつも一緒に食べてみて、味を判断しています。甘ければおいしいというわけでもなく、バランスがあり、一人ではわからないから。二人いると冷静に判断ができます。
味で意見が分かれることはあるけど、喧嘩したことは今まで一度もないですね。挑んでも奥さんには勝てないから(笑)